ノートルダム大聖堂の火災焼失からみる、平時における三次元レーザ計測の必要性

ショックな映像がネットで配信されるのを見つめるしかなかった。4月15日夕(日本時間16日未明)に起きたパリの世界遺産、ノートルダム大聖堂が焼け落ちてしまったのだ。パリのシンボルの悲劇に市民の落胆ぶりが大きく報道され、フランスのカトリック教徒のみならず世界中が悲痛で沈鬱な時間を過ごしている。

懸命の消火活動により鎮火したが、その後の無残な姿は、この稀有な文化遺産に取り返しのつかない災害が起きてしまったことを改めて知らしめた。消防士らの努力により、聖堂内の貴重な絵画や宗教財はレスキューされ、焼損を免れたものも多いが、今後焼け落ちた屋根の下から多数の焼損資料がサルベージされることであろう。荘厳な音色のパイプオルガンは灰を被り、修復に多くの時間を要すとのことだった。

法隆寺金堂で起きた火災をきっかけきに制定された「文化財防火デー」

火災原因の追究から、この失火は聖堂の修復工事にあることが示唆されており、保存修復に携わる者として、重く受け止めざるを得ない。現場の映像は、1949年1月26日に壁画模写中の法隆寺金堂で起きた火災-わが国の悲劇-に重ね合わせて考えさせる。この世界に誇る国宝の焼損は戦後の国民に大きな衝撃を与えたが、翌年には「文化財保護法」が制定され、この日を忘れないために「文化財防火デー」として毎年、防火活動がおこなわれてきた。また焼損壁画の保存には多くの科学者が加わり、壁体の強化技術などにおいて保存科学の発展の端緒となった。不幸な出来事を契機に、新たな世界観をつくってきたといってよい。

昨年リオデジャネイロのブラジル国立博物館で発生した大火災で大量の資料が焼損したのは記憶に新しく、不可逆的なこの人災を未然に防ぐ知恵はいまだに不十分である。ノートルダム大聖堂の悲劇も、今後の文化遺産保護の発展へつながるように一歩を踏み出さねばならない。

専門家いわく「建物の隅々に至るあらゆる細部を、デジタル上で確認できる」

すでに報道されているように、美術史家のAndrew Tallon氏(昨年、死去)によって4年前に実施された三次元レーザ計測の点群データが、この歴史的建造物の正確な復旧に大きな役割を果たすことが期待される。彼は、まさかこの悲劇を予見してはいなかっただろうが、堂内外の50箇所以上でレーザスキャナによる計測を進め、10億個にも上る高精度のデータを取得した(National Geographic:”Historian uses lasers to unlock mysteries of Gothic cathedrals” (2015))。専門家によれば「建物の隅々に至るあらゆる細部を、デジタル上で確認できる」とのことである。これらデータは位置情報をもち被災前の状況を正確に再現できるため、今後の建築や内装の修復・復元に大きく寄与することであろう。

平時における三次元レーザ計測の必要性

かつて、地域に遺る歴史的建造物の保存を研究した際に、地震災害などを想定し、平時における三次元レーザ計測の実施を提案したことがある。国指定重要文化財「鶴岡カトリック教会天主堂」(山形県)を対象に、レーザスキャナによる計測をおこない、点群データなどの結果を共有した。また県内各地の文化財(石橋、石鳥居など)や遺跡、彫像なども測定し、投影図や計測図を作成した。

山形県南陽市指定文化財「吉田橋」(1880)の三次元レーザ計測

吉田橋の三次元計測データ(投影図)

これらのデータは、災害時の活用だけでなく、自然劣化進行における比較も可能で、今後の保存修復に役立てられると考えられる。パリの悲劇を他山の石とぜず、日本でも多くの歴史的建造物や文化財の三次元レーザ計測を推進しアーカイブ化するときが来ているのではないか。


松田泰典
東洋美術学校 保存修復科 教育研究スーパバイザー